[2-1 中の君、京へ向けて宇治を出発]
すっかり掃除し、何もかも始末して、お車を何台も寄せて、ご前駆の供人は、四位五位がたいそう多かった。ご自身でも、ひどくおいでになりたかったが、仰々しくなって、かえって不都合なことになるので、ただ内密に計らって、気がかりにお思いになる。
中納言殿からも、ご前駆の供人を、数多く差し上げなさっていた。だいたいのことは、宮からの指示があったようだが、こまごまとした内々のお世話は、ただこの殿から、気のつかないことのなくお計らい申し上げなさる。
日が暮れてしまいそうだと、内からも外からも、お促し申し上げるので、気ぜわしく、京はどちらの方角だろうと思うにも、まことに頼りなく悲しいとばかり思われなさる時に、お車に同乗する大輔の君という女房が言うには、
「生きていたので嬉しい事に出合いました
身を厭いて宇治川に投げてしまいましたら」
ほほ笑んでいるのを、「弁の尼の気持ちと比べて、何という違いだろうか」と、気にくわなく御覧になる。もう一人の女房が、
「亡くなった方を恋しく思う気持ちは忘れませんが
今日は何をさしおいてもまず嬉しく存じられます」
どちらも年老いた女房たちで、みな亡くなった方に、好意をお寄せ申し上げていたようなのに、今はこのように気持ちが変わって言忌するのも、「世の中は薄情な」と思われなさると、何もおっしゃる気になれない。
道中は、遠く険しい山道の様子を御覧になると、つらくばかり恨まれた方のお通いを、「しかたのない途絶えであった」と、少しは理解されなさった。七日の月が明るく照り出した光が、美しく霞んでいるのを御覧になりながら、たいそう遠いので、馴れないことでつらいので、つい物思いなさって、
「考えると山から出て昇って行く月も
この世が住みにくくて山に帰って行くのだろう」
生活が変わって、結局はどのようになるのだろうかとばかり、不安で、将来が気になるにつけても、今までの物思いは何を思っていたのだろうと、昔を取り返したい思いであるよ。
[2-2 中の君、京の二条院に到着]
宵が少し過ぎてお着きになった。見たこともない様子で、光り輝くような殿造りで、三棟四棟と建ち並んだ邸内にお車を引き入れて、宮は、早く早くとお待ちになっていたので、お車の側に、ご自身お寄りあそばしてお下ろし申し上げなさる。
お部屋飾りなども、善美を尽くして、女房の部屋部屋まで、お心配りなさっていらしたことがはっきりと窺えて、まことに理想的である。どの程度の待遇を受けるのかとお考えになっていたご様子が、急にこのようにお定まりになったので、「並々ならないご愛情なのだろう」と、世間の人びともどのような人かと驚いているのであった。
中納言は、三条宮邸に、今月の二十日過ぎにお移りになろうとして、最近は毎日いらっしゃっては御覧になっているが、この院が近い距離なので、様子も聞こうとして、夜の更けるまでいらっしゃったが、差し向けなさっていた御前の人々が帰参して、有様などをお話し申し上げる。
ひどくお気に召して大切にしていらっしゃるというのをお聞きになるにつけても、一方では嬉しく思われるが、やはり、自分の考えながら馬鹿らしく、胸がどきどきして、「取り返したいものだ」と、繰り返し独り言が出てきて、
「しなてる琵琶湖の湖に漕ぐ舟のように
まともではないが一夜会ったこともあったのに」
とけちをつけたくもなる。
[2-3 夕霧、六の君の裳着を行い、結婚を思案す]
右の大殿は、六の君を宮に差し上げなさることを、今月にとお決めになっていたのに、このように意外な人を、婚儀より先にと言わんばかりに大事にお迎えになって、寄りつかずにいらっしゃるので、「たいそうご不快でおいでだ」とお聞きになるのも、お気の毒なので、お手紙は時々差し上げなさる。
御裳着の儀式を、世間の評判になるほど盛大に準備なさっているのを、延期なさるのも物笑いになるにちがいないので、二十日過ぎにお着せ申し上げなさる。
同じ一族で変わりばえがしないが、この中納言を他人に譲るのが残念なので、
「婿君としようか。長年人知れず恋い慕っていた人を亡くして、何となく心細く物思いに沈んでいらっしゃるというから」
などとお考えつきになって、しかるべき人を介して様子を窺わせなさったが、
「世の無常を目の前に見たので、まことに気が塞いで、身も不吉に思われますので、何としても何としても、そのようなことは気が進みません」
と、その気のない旨をお聞きになって、
「どうして、この君までが、真剣になって申し出る言葉を、気乗りしなくあしらってよいものか」
と恨みなさったが、親しいお間柄ながらも、人柄がたいそう気のおける方なので、無理にお勧め申し上げなさることができなかった。
[2-4 薫、桜の花盛りに二条院を訪ね中の君と語る]
花盛りのころ、二条院の桜を御覧になると、主人のいない山荘がさっそく思いやられなさるので、「気兼ねもなく散るのではないか」などと、独り口ずさみ思い余って、宮のお側に参上なさった。
こちらにばかりおいでになって、たいそうよく住みなれていらっしゃるので、「安心ことだ」と拝見するものの、例によって、どうかと思われる心が混じるのは、妙なことであるよ。けれども、本当のお気持ちは、とてもうれしく安心なことだとお思い申し上げなさるのであった。
何やかやとお話を申し上げなさって、夕方、宮は宮中へ参内なさろうして、お車の設えをさせて、お供の人びとが大勢集まって来たりなどしたので、お出になって、対の御方へ参上なさった。
山里の様子とは、うって変わって、御簾の中で奥ゆかしく暮らして、かわいらしい童女の、透影がちらっと見えた子を介して、ご挨拶申し上げなさると、お褥を差し出して、昔の事情を知っている人なのであろう、出て来てお返事を申し上げる。
「朝夕の区別もなくお訪ねできそうに存じられます近さですが、特に用事もなくてお邪魔いたすのも、かえってなれなれしいという非難を受けようかと、遠慮しておりましたところ、世の中が変わってしまった気ばかりがしますよ。お庭先の梢も霞を隔てて見えますので、胸の一杯になることが多いですね」
と申し上げて、物思いに耽っていらっしゃる様子、お気の毒なのを、
「おっしゃるとおり、生きていらしたら、何の気兼ねもなく行き来して、お互いに花の色や、鳥の声を、季節折々につけては、少し心をやって過すことができたのに」
などと、お思い出しなさるにつけて、一途に引き籠もって生活していらした心細さよりも、ひたすら悲しく、残念なことが、いっそうつのるのであった。
[2-5 匂宮、中の君と薫に疑心を抱く]
女房たちも、
「世間一般の人のように、仰々しくお扱い申し上げなさいますな。この上ないご好意を、今こそ、拝見しご存知あそばしている様子を、お見せ申し上げる時です」
などと申し上げるが、人を介してではなく、直にお話し申し上げることは、やはり気が引けるので、ためらっていらっしゃるところに、宮が、お出かけになろうとして、お暇乞いの挨拶にお渡りになった。たいそう美しく身づくろいし化粧なさって、見栄えのするお姿である。
中納言はこちらに来ているのであった、と御覧になって、
「どうして、無愛想に遠ざけて、外にお座らせになっているのか。あなたには、あまりにどうかと思われるまでに、行き届いたお世話ぶりでしたのに。自分には愚かしいこともあろうか、と心配されますが、そうはいってもまったく他人行儀なのも、罰が当たろう。近い所で、昔話を語り合いなさい」
などと、申し上げなさるものの、
「そうはいっても、あまり気を許すのも、またどんなものかしら。疑わしい下心があるかもしれない」
と、言い直しなさるので、どちらの方に対しても厄介だけれども、自分の気持ちも、しみじみありがたく思われた方のお心を、今さらよそよそしくすべきことでもないので、「あの方が思いもしおっしゃりもするように、故姉君の身代わりとお思い申して、このように分かりましたと、お表し申し上げる機会があったら」とはお思いになるが、やはり、何やかやと、さまざまに心安からぬことを申し上げなさるので、つらく思われなさるのだった。