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Title: Manyoshu [Book 3]
Author: Anonymous
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Makoto Yoshimura, Akihiro Okajima, et al.
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Sachiko Iwabuchi and Christine Ruotolo, University of Virginia Library Electronic Text Center.
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第三巻雜歌235
[原文]皇者 神二四座者 天雲之 雷之上尓 廬為<流鴨> [訓読]大君は神にしませば天雲の雷の上に廬りせるかも [仮名],おほきみは,かみにしませば,あまくもの,いかづちのうへに,いほりせるかも
235S
[原文]王 神座者 雲隠伊加土山尓 宮敷座 [訓読]大君は神にしませば雲隠る雷山に宮敷きいます [仮名],おほきみは,かみにしませば,くもがくる,いかづちやまに,みやしきいます
236
[原文]不聴跡雖云 強流志斐能我 強語 比者不聞而 朕戀尓家里 [訓読]いなと言へど強ふる志斐のが強ひ語りこのころ聞かずて我れ恋ひにけり [仮名],いなといへど,しふるしひのが,しひかたり,このころきかずて,あれこひにけり
237
[原文]不聴雖謂 語礼々々常 詔許曽 志斐伊波奏 強<語>登言 [訓読]いなと言へど語れ語れと宣らせこそ志斐いは申せ強ひ語りと詔る [仮名],いなといへど,かたれかたれと,のらせこそ,しひいはまをせ,しひかたりとのる
238
[原文]大宮之 内二手所聞 網引為跡 網子調流 海人之呼聲 [訓読]大宮の内まで聞こゆ網引すと網子ととのふる海人の呼び声 [仮名],おほみやの,うちまできこゆ,あびきすと,あごととのふる,あまのよびこゑ
239
[原文]八隅知之 吾大王 高光 吾日乃皇子乃 馬並而 三猟立流 弱薦乎 猟路乃小野尓 十六社者 伊波比拝目 鶉己曽 伊波比廻礼 四時自物 伊波比拝 鶉成 伊波比毛等保理 恐等 仕奉而 久堅乃 天見如久 真十鏡 仰而雖見 春草之 益目頬四寸 吾於富吉美可聞 [訓読]やすみしし 我が大君 高照らす 我が日の御子の 馬並めて 御狩り立たせる 若薦を 狩路の小野に 獣こそば い匍ひ拝め 鶉こそ い匍ひ廻れ 獣じもの い匍ひ拝み 鶉なす い匍ひ廻り 畏みと 仕へまつりて ひさかたの 天見るごとく まそ鏡 仰ぎて見れど 春草の いやめづらしき 我が大君かも [仮名],やすみしし,わがおほきみ,たかてらす,わがひのみこの,うまなめて,みかりたたせる,わかこもを,かりぢのをのに,ししこそば,いはひをろがめ,うづらこそ,いはひもとほれ,ししじもの,いはひをろがみ,うづらなす,いはひもとほり,かしこみと,つかへまつりて,ひさかたの,あめみるごとく,まそかがみ,あふぎてみれど,はるくさの,いやめづらしき,わがおほきみかも
240
[原文]久堅乃 天歸月乎 網尓刺 我大王者 盖尓為有 [訓読]ひさかたの天行く月を網に刺し我が大君は蓋にせり [仮名],ひさかたの,あめゆくつきを,あみにさし,わがおほきみは,きぬがさにせり
241
[原文]皇者 神尓之坐者 真木<乃>立 荒山中尓 海成可聞 [訓読]大君は神にしませば真木の立つ荒山中に海を成すかも [仮名],おほきみは,かみにしませば,まきのたつ,あらやまなかに,うみをなすかも
242
[原文]瀧上之 三船乃山尓 居雲乃 常将有等 和我不念久尓 [訓読]滝の上の三船の山に居る雲の常にあらむと我が思はなくに [仮名],たきのうへの,みふねのやまに,ゐるくもの,つねにあらむと,わがおもはなくに
243
[原文]王者 千歳<二>麻佐武 白雲毛 三船乃山尓 絶日安良米也 [訓読]大君は千年に座さむ白雲も三船の山に絶ゆる日あらめや [仮名],おほきみは,ちとせにまさむ,しらくもも,みふねのやまに,たゆるひあらめや
244
[原文]三吉野之 御船乃山尓 立雲之 常将在跡 我思莫苦二 [訓読]み吉野の三船の山に立つ雲の常にあらむと我が思はなくに [仮名],みよしのの,みふねのやまに,たつくもの,つねにあらむと,わがおもはなくに
245
[原文]如聞 真貴久 奇母 神左備居賀 許礼能水嶋 [訓読]聞きしごとまこと尊くくすしくも神さびをるかこれの水島 [仮名],ききしごと,まことたふとく,くすしくも,かむさびをるか,これのみづしま
246
[原文]葦北乃 野坂乃浦従 船出為而 水嶋尓将去 浪立莫勤 [訓読]芦北の野坂の浦ゆ船出して水島に行かむ波立つなゆめ [仮名],あしきたの,のさかのうらゆ,ふなでして,みづしまにゆかむ,なみたつなゆめ
247
[原文]奥浪 邊波雖立 和我世故我 三船乃登麻里 瀾立目八方 [訓読]沖つ波辺波立つとも我が背子が御船の泊り波立ためやも [仮名],おきつなみ,へなみたつとも,わがせこが,みふねのとまり,なみたためやも
248
[原文]隼人乃 薩麻乃迫門乎 雲居奈須 遠毛吾者 今日見鶴鴨 [訓読]隼人の薩摩の瀬戸を雲居なす遠くも我れは今日見つるかも [仮名],はやひとの,さつまのせとを,くもゐなす,とほくもわれは,けふみつるかも
249
[原文]三津埼 浪矣恐 隠江乃 舟公宣奴嶋尓 [訓読]御津の崎波を畏み隠江の舟公宣奴嶋尓 [仮名],みつのさき,なみをかしこみ,こもりえの,******
250
[原文]珠藻苅 敏馬乎過 夏草之 野嶋之埼尓 舟近著奴 [訓読]玉藻刈る敏馬を過ぎて夏草の野島が崎に船近づきぬ [仮名],たまもかる,みぬめをすぎて,なつくさの,のしまがさきに,ふねちかづきぬ
251
[原文]粟路之 野嶋之前乃 濱風尓 妹之結 紐吹返 [訓読]淡路の野島が崎の浜風に妹が結びし紐吹き返す [仮名],あはぢの,のしまがさきの,はまかぜに,いもがむすびし,ひもふきかへす
252
[原文]荒栲 藤江之浦尓 鈴木釣 泉郎跡香将見 旅去吾乎 [訓読]荒栲の藤江の浦に鱸釣る海人とか見らむ旅行く我れを [仮名],あらたへの,ふぢえのうらに,すずきつる,あまとかみらむ,たびゆくわれを
253
[原文]稲日野毛 去過勝尓 思有者 心戀敷 可古能嶋所見 [一云 湖見] [訓読]稲日野も行き過ぎかてに思へれば心恋しき加古の島見ゆ [一云 水門見ゆ] [仮名],いなびのも,ゆきすぎかてに,おもへれば,こころこほしき,かこのしまみゆ,[みなとみゆ]
254
[原文]留火之 明大門尓 入日哉 榜将別 家當不見 [訓読]燈火の明石大門に入らむ日や漕ぎ別れなむ家のあたり見ず [仮名],ともしびの,あかしおほとに,いらむひや,こぎわかれなむ,いへのあたりみず
255
[原文]天離 夷之長道従 戀来者 自明門 倭嶋所見 [一本云 家門當見由] [訓読]天離る鄙の長道ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ [一本云 家のあたり見ゆ] [仮名],あまざかる,ひなのながちゆ,こひくれば,あかしのとより,やまとしまみゆ,[いへのあたりみゆ]
256
[原文]飼飯海乃 庭好有之 苅薦乃 乱出所見 海人釣船 [訓読]笥飯の海の庭よくあらし刈薦の乱れて出づ見ゆ海人の釣船 [仮名],けひのうみの,にはよくあらし,かりこもの,みだれていづみゆ,あまのつりぶね
257
[原文]天降付 天之芳来山 霞立 春尓至婆 松風尓 池浪立而 櫻花 木乃晩茂尓 奥邊波 鴨妻喚 邊津方尓 味村左和伎 百礒城之 大宮人乃 退出而 遊船尓波 梶棹毛 無而不樂毛 己具人奈四二 [訓読]天降りつく 天の香具山 霞立つ 春に至れば 松風に 池波立ちて 桜花 木の暗茂に 沖辺には 鴨妻呼ばひ 辺つ辺に あぢ群騒き ももしきの 大宮人の 退り出て 遊ぶ船には 楫棹も なくて寂しも 漕ぐ人なしに [仮名],あもりつく,あめのかぐやま,かすみたつ,はるにいたれば,まつかぜに,いけなみたちて,さくらばな,このくれしげに,おきへには,かもつまよばひ,へつへに,あぢむらさわき,ももしきの,おほみやひとの,まかりでて,あそぶふねには,かぢさをも,なくてさぶしも,こぐひとなしに
258
[原文]人不榜 有雲知之 潜為 鴦与高部共 船上住 [訓読]人漕がずあらくもしるし潜きする鴛鴦とたかべと船の上に棲む [仮名],ひとこがず,あらくもしるし,かづきする,をしとたかべと,ふねのうへにすむ
259
[原文]何時間毛 神左備祁留鹿 香山之 <鉾>椙之本尓 薜生左右二 [訓読]いつの間も神さびけるか香具山の桙杉の本に苔生すまでに [仮名],いつのまも,かむさびけるか,かぐやまの,ほこすぎのもとに,こけむすまでに
260
[原文]天降就 神乃香山 打靡 春去来者 櫻花 木暗茂 松風丹 池浪飆 邊都遍者 阿遅村動 奥邊者 鴨妻喚 百式乃 大宮人乃 去出 榜来舟者 竿梶母 無而佐夫之毛 榜与雖思 [訓読]天降りつく 神の香具山 うち靡く 春さり来れば 桜花 木の暗茂に 松風に 池波立ち 辺つ辺には あぢ群騒き 沖辺には 鴨妻呼ばひ ももしきの 大宮人の 退り出て 漕ぎける船は 棹楫も なくて寂しも 漕がむと思へど [仮名],あもりつく,かみのかぐやま,うちなびく,はるさりくれば,さくらばな,このくれしげに,まつかぜに,いけなみたち,へつへには,あぢむらさわき,おきへには,かもつまよばひ,ももしきの,おほみやひとの,まかりでて,こぎけるふねは,さをかぢも,なくてさぶしも,こがむとおもへど
261
[原文]八隅知之 吾大王 高輝 日之皇子 茂座 大殿於 久方 天傳来 <白>雪仕物 徃来乍 益及常世 [訓読]やすみしし 我が大君 高照らす 日の御子 敷きいます 大殿の上に ひさかたの 天伝ひ来る 雪じもの 行き通ひつつ いや常世まで [仮名],やすみしし,わがおほきみ,たかてらす,ひのみこ,しきいます,おほとののうへに,ひさかたの,あまづたひくる,ゆきじもの,ゆきかよひつつ,いやとこよまで
262
[原文]矢釣山 木立不見 落乱 雪驪 朝樂毛 [訓読]矢釣山木立も見えず降りまがふ雪に騒ける朝楽しも [仮名],やつりやま,こだちもみえず,ふりまがふ,ゆきにさわける,あしたたのしも
263
[原文]馬莫疾 打莫行 氣並而 見弖毛和我歸 志賀尓安良七國 [訓読]馬ないたく打ちてな行きそ日ならべて見ても我が行く志賀にあらなくに [仮名],うまないたく,うちてなゆきそ,けならべて,みてもわがゆく,しがにあらなくに
264
[原文]物乃部能 八十氏河乃 阿白木尓 不知代經浪乃 去邊白不母 [訓読]もののふの八十宇治川の網代木にいさよふ波のゆくへ知らずも [仮名],もののふの,やそうぢかはの,あじろきに,いさよふなみの,ゆくへしらずも
265
[原文]苦毛 零来雨可 神之埼 狭野乃渡尓 家裳不有國 [訓読]苦しくも降り来る雨か三輪の崎狭野の渡りに家もあらなくに [仮名],くるしくも,ふりくるあめか,みわのさき,さののわたりに,いへもあらなくに
266
[原文]淡海乃海 夕浪千鳥 汝鳴者 情毛思<努>尓 古所念 [訓読]近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ [仮名],あふみのうみ,ゆふなみちどり,ながなけば,こころもしのに,いにしへおもほゆ
267
[原文]牟佐々婢波 木末求跡 足日木乃 山能佐都雄尓 相尓来鴨 [訓読]むささびは木末求むとあしひきの山のさつ男にあひにけるかも [仮名],むささびは,こぬれもとむと,あしひきの,やまのさつをに,あひにけるかも
268
[原文]吾背子我 古家乃里之 明日香庭 乳鳥鳴成 <嬬>待不得而 [訓読]我が背子が古家の里の明日香には千鳥鳴くなり妻待ちかねて [仮名],わがせこが,ふるへのさとの,あすかには,ちどりなくなり,つままちかねて
269
[原文]人不見者 我袖用手 将隠乎 所焼乍可将有 不服而来来 [訓読]人見ずは我が袖もちて隠さむを焼けつつかあらむ着ずて来にけり [仮名],ひとみずは,わがそでもちて,かくさむを,やけつつかあらむ,きずてきにけり
270
[原文]客為而 物戀敷尓 山下 赤乃曽<保><船> 奥榜所見 [訓読]旅にしてもの恋しきに山下の赤のそほ船沖を漕ぐ見ゆ [仮名],たびにして,ものこほしきに,やましたの,あけのそほふね,おきをこぐみゆ
271
[原文]櫻田部 鶴鳴渡 年魚市方 塩干二家良之 鶴鳴渡 [訓読]桜田へ鶴鳴き渡る年魚市潟潮干にけらし鶴鳴き渡る [仮名],さくらだへ,たづなきわたる,あゆちがた,しほひにけらし,たづなきわたる
272
[原文]四極山 打越見者 笠縫之 嶋榜隠 棚無小舟 [訓読]四極山うち越え見れば笠縫の島漕ぎ隠る棚なし小舟 [仮名],しはつやま,うちこえみれば,かさぬひの,しまこぎかくる,たななしをぶね
273
[原文]礒前 榜手廻行者 近江海 八十之湊尓 鵠佐波二鳴 [未詳] [訓読]磯の崎漕ぎ廻み行けば近江の海八十の港に鶴さはに鳴く [未詳] [仮名],いそのさき,こぎたみゆけば,あふみのうみ,やそのみなとに,たづさはになく
274
[原文]吾船者 枚乃湖尓 榜将泊 奥部莫避 左夜深去来 [訓読]我が舟は比良の港に漕ぎ泊てむ沖へな離りさ夜更けにけり [仮名],わがふねは,ひらのみなとに,こぎはてむ,おきへなさかり,さよふけにけり
275
[原文]何處 吾将宿 高嶋乃 勝野原尓 此日暮去者 [訓読]いづくにか我は宿らむ高島の勝野の原にこの日暮れなば [仮名],いづくにか,われはやどらむ,たかしまの,かちののはらに,このひくれなば
276
[原文]妹母我母 一有加母 三河有 二見自道 別不勝鶴 [訓読]妹も我れも一つなれかも三河なる二見の道ゆ別れかねつる [仮名],いももあれも,ひとつなれかも,みかはなる,ふたみのみちゆ,わかれかねつる
277
[原文]速来而母 見手益物乎 山背 高槻村 散去奚留鴨 [訓読]早来ても見てましものを山背の高の槻群散りにけるかも [仮名],はやきても,みてましものを,やましろの,たかのつきむら,ちりにけるかも
278
[原文]然之海人者 軍布苅塩焼 無暇 髪梳乃<小>櫛 取毛不見久尓 [訓読]志賀の海女は藻刈り塩焼き暇なみ櫛笥の小櫛取りも見なくに [仮名],しかのあまは,めかりしほやき,いとまなみ,くしげのをぐし,とりもみなくに
279
[原文]吾妹兒二 猪名野者令見都 名次山 角松原 何時可将示 [訓読]我妹子に猪名野は見せつ名次山角の松原いつか示さむ [仮名],わぎもこに,ゐなのはみせつ,なすきやま,つののまつばら,いつかしめさむ
280
[原文]去来兒等 倭部早 白菅乃 真野乃榛原 手折而将歸 [訓読]いざ子ども大和へ早く白菅の真野の榛原手折りて行かむ [仮名],いざこども,やまとへはやく,しらすげの,まののはりはら,たをりてゆかむ
281
[原文]白菅乃 真野之榛原 徃左来左 君社見良目 真野乃榛原 [訓読]白菅の真野の榛原行くさ来さ君こそ見らめ真野の榛原 [仮名],しらすげの,まののはりはら,ゆくさくさ,きみこそみらめ,まののはりはら
282
[原文]角障經 石村毛不過 泊瀬山 何時毛将超 夜者深去通都 [訓読]つのさはふ磐余も過ぎず泊瀬山いつかも越えむ夜は更けにつつ [仮名],つのさはふ,いはれもすぎず,はつせやま,いつかもこえむ,よはふけにつつ
283
[原文]墨吉乃 得名津尓立而 見渡者 六兒乃泊従 出流船人 [訓読]住吉の得名津に立ちて見わたせば武庫の泊りゆ出づる船人 [仮名],すみのえの,えなつにたちて,みわたせば,むこのとまりゆ,いづるふなびと
284
[原文]焼津邊 吾去鹿齒 駿河奈流 阿倍乃市道尓 相之兒等羽裳 [訓読]焼津辺に我が行きしかば駿河なる阿倍の市道に逢ひし子らはも [仮名],やきづへに,わがゆきしかば,するがなる,あべのいちぢに,あひしこらはも
285
[原文]栲領巾乃 懸巻欲寸 妹名乎 此勢能山尓 懸者奈何将有 [一云 可倍波伊香尓安良牟] [訓読]栲領巾の懸けまく欲しき妹が名をこの背の山に懸けばいかにあらむ [一云 替へばいかにあらむ] [仮名],たくひれの,かけまくほしき,いもがなを,このせのやまに,かけばいかにあらむ,[かへばいかにあらむ]
286
[原文]宜奈倍 吾背乃君之 負来尓之 此勢能山乎 妹者不喚 [訓読]よろしなへ我が背の君が負ひ来にしこの背の山を妹とは呼ばじ [仮名],よろしなへ,わがせのきみが,おひきにし,このせのやまを,いもとはよばじ
287
[原文]此間為而 家八方何處 白雲乃 棚引山乎 超而来二家里 [訓読]ここにして家やもいづく白雲のたなびく山を越えて来にけり [仮名],ここにして,いへやもいづく,しらくもの,たなびくやまを,こえてきにけり
288
[原文]吾命之 真幸有者 亦毛将見 志賀乃大津尓 縁流白波 [訓読]我が命のま幸くあらばまたも見む志賀の大津に寄する白波 [仮名],わがいのちの,まさきくあらば,またもみむ,しがのおほつに,よするしらなみ
289
[原文]天原 振離見者 白真弓 張而懸有 夜路者将吉 [訓読]天の原振り放け見れば白真弓張りて懸けたり夜道はよけむ [仮名],あまのはら,ふりさけみれば,しらまゆみ,はりてかけたり,よみちはよけむ
290
[原文]椋橋乃 山乎高可 夜隠尓 出来月乃 光乏寸 [訓読]倉橋の山を高みか夜隠りに出で来る月の光乏しき [仮名],くらはしの,やまをたかみか,よごもりに,いでくるつきの,ひかりともしき
291
[原文]真木葉乃 之奈布勢能山 之<努>波受而 吾超去者 木葉知家武 [訓読]真木の葉のしなふ背の山偲はずて我が越え行けば木の葉知りけむ [仮名],まきのはの,しなふせのやま,しのはずて,わがこえゆけば,このはしりけむ
292
[原文]久方乃 天之探女之 石船乃 泊師高津者 淺尓家留香裳 [訓読]ひさかたの天の探女が岩船の泊てし高津はあせにけるかも [仮名],ひさかたの,あまのさぐめが,いはふねの,はてしたかつは,あせにけるかも
293
[原文]塩干乃 三津之海女乃 久具都持 玉藻将苅 率行見 [訓読]潮干の御津の海女のくぐつ持ち玉藻刈るらむいざ行きて見む [仮名],しほひの,みつのあまの,くぐつもち,たまもかるらむ,いざゆきてみむ
294
[原文]風乎疾 奥津白波 高有之 海人釣船 濱眷奴 [訓読]風をいたみ沖つ白波高からし海人の釣舟浜に帰りぬ [仮名],かぜをいたみ,おきつしらなみ,たかからし,あまのつりぶね,はまにかへりぬ
295
[原文]清江乃 木笶松原 遠神 我王之 幸行處 [訓読]住吉の岸の松原遠つ神我が大君の幸しところ [仮名],すみのえの,きしのまつばら,とほつかみ,わがおほきみの,いでましところ
296
[原文]廬原乃 浄見乃埼乃 見穂之浦乃 寛見乍 物念毛奈信 [訓読]廬原の清見の崎の三保の浦のゆたけき見つつ物思ひもなし [仮名],いほはらの,きよみのさきの,みほのうらの,ゆたけきみつつ,ものもひもなし
297
[原文]晝見騰 不飽田兒浦 大王之 命恐 夜見鶴鴨 [訓読]昼見れど飽かぬ田子の浦大君の命畏み夜見つるかも [仮名],ひるみれど,あかぬたごのうら,おほきみの,みことかしこみ,よるみつるかも
298
[原文]亦打山 暮越行而 廬前乃 角太川原尓 獨可毛将宿 [訓読]真土山夕越え行きて廬前の角太川原にひとりかも寝む [仮名],まつちやま,ゆふこえゆきて,いほさきの,すみだかはらに,ひとりかもねむ
299
[原文]奥山之 菅葉凌 零雪乃 消者将惜 雨莫零行年 [訓読]奥山の菅の葉しのぎ降る雪の消なば惜しけむ雨な降りそね [仮名],おくやまの,すがのはしのぎ,ふるゆきの,けなばをしけむ,あめなふりそね
300
[原文]佐保過而 寧樂乃手祭尓 置幣者 妹乎目不離 相見染跡衣 [訓読]佐保過ぎて奈良の手向けに置く幣は妹を目離れず相見しめとぞ [仮名],さほすぎて,ならのたむけに,おくぬさは,いもをめかれず,あひみしめとぞ
301
[原文]磐金之 凝敷山乎 超不勝而 哭者泣友 色尓将出八方 [訓読]岩が根のこごしき山を越えかねて音には泣くとも色に出でめやも [仮名],いはがねの,こごしきやまを,こえかねて,ねにはなくとも,いろにいでめやも
302
[原文]兒等之家道 差間遠焉 野干<玉>乃 夜渡月尓 競敢六鴨 [訓読]子らが家道やや間遠きをぬばたまの夜渡る月に競ひあへむかも [仮名],こらがいへぢ,ややまどほきを,ぬばたまの,よわたるつきに,きほひあへむかも
303
[原文]名細寸 稲見乃海之 奥津浪 千重尓隠奴 山跡嶋根者 [訓読]名ぐはしき印南の海の沖つ波千重に隠りぬ大和島根は [仮名],なぐはしき,いなみのうみの,おきつなみ,ちへにかくりぬ,やまとしまねは
304
[原文]大王之 遠乃朝庭跡 蟻通 嶋門乎見者 神代之所念 [訓読]大君の遠の朝廷とあり通ふ島門を見れば神代し思ほゆ [仮名],おほきみの,とほのみかどと,ありがよふ,しまとをみれば,かむよしおもほゆ
305
[原文]如是故尓 不見跡云物乎 樂浪乃 舊都乎 令見乍本名 [訓読]かく故に見じと言ふものを楽浪の旧き都を見せつつもとな [仮名],かくゆゑに,みじといふものを,ささなみの,ふるきみやこを,みせつつもとな
306
[原文]伊勢海之 奥津白浪 花尓欲得 L而妹之 家L為 [訓読]伊勢の海の沖つ白波花にもが包みて妹が家づとにせむ [仮名],いせのうみの,おきつしらなみ,はなにもが,つつみていもが,いへづとにせむ
307
[原文]皮為酢寸 久米能若子我 伊座家留 [一云 家牟] 三穂乃石室者 雖見不飽鴨 [一云 安礼尓家留可毛] [訓読]はだ薄久米の若子がいましける [一云 けむ] 三穂の石室は見れど飽かぬかも [一云 荒れにけるかも]
308
[原文]常磐成 石室者今毛 安里家礼騰 住家類人曽 常無里家留 [訓読]常磐なす石室は今もありけれど住みける人ぞ常なかりける [仮名],ときはなす,いはやはいまも,ありけれど,すみけるひとぞ,つねなかりける
309
[原文]石室戸尓 立在松樹 汝乎見者 昔人乎 相見如之 [訓読]石室戸に立てる松の木汝を見れば昔の人を相見るごとし [仮名],いはやとに,たてるまつのき,なをみれば,むかしのひとを,あひみるごとし
310
[原文]東 市之殖木乃 木足左右 不相久美 宇倍<戀>尓家利 [訓読]東の市の植木の木垂るまで逢はず久しみうべ恋ひにけり [仮名],ひむがしの,いちのうゑきの,こだるまで,あはずひさしみ,うべこひにけり
311
[原文]梓弓 引豊國之 鏡山 不見久有者 戀敷牟鴨 [訓読]梓弓引き豊国の鏡山見ず久ならば恋しけむかも [仮名],あづさゆみ,ひきとよくにの,かがみやま,みずひさならば,こほしけむかも
312
[原文]昔者社 難波居中跡 所言奚米 今者京引 都備仁鷄里 [訓読]昔こそ難波田舎と言はれけめ今は都引き都びにけり [仮名],むかしこそ,なにはゐなかと,いはれけめ,いまはみやこひき,みやこびにけり
313
[原文]見吉野之 瀧乃白浪 雖不知 語之告者 古所念 [訓読]み吉野の滝の白波知らねども語りし継げばいにしへ思ほゆ [仮名],みよしのの,たきのしらなみ,しらねども,かたりしつげば,いにしへおもほゆ
314
[原文]小浪 礒越道有 能登湍河 音之清左 多藝通瀬毎尓 [訓読]さざれ波礒越道なる能登瀬川音のさやけさたぎつ瀬ごとに [仮名],さざれなみ,いそこしぢなる,のとせがは,おとのさやけさ,たぎつせごとに
315
[原文]見吉野之 芳野乃宮者 山可良志 貴有師 <水>可良思 清有師 天地与 長久 萬代尓 不改将有 行幸之<宮> [訓読]み吉野の 吉野の宮は 山からし 貴くあらし 川からし さやけくあらし 天地と 長く久しく 万代に 変はらずあらむ 幸しの宮 [仮名],みよしのの,よしののみやは,やまからし,たふとくあらし,かはからし,さやけくあらし,あめつちと,ながくひさしく,よろづよに,かはらずあらむ,いでましのみや
316
[原文]昔見之 象乃小河乎 今見者 弥清 成尓来鴨 [訓読]昔見し象の小川を今見ればいよよさやけくなりにけるかも [仮名],むかしみし,きさのをがはを,いまみれば,いよよさやけく,なりにけるかも
317
[原文]天地之 分時従 神左備手 高貴寸 駿河有 布士能高嶺乎 天原 振放見者 度日之 陰毛隠比 照月乃 光毛不見 白雲母 伊去波伐加利 時自久曽 雪者落家留 語告 言継将徃 不盡能高嶺者 [訓読]天地の 別れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 富士の高嶺を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくぞ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 富士の高嶺は [仮名],あめつちの,わかれしときゆ,かむさびて,たかくたふとき,するがなる,ふじのたかねを,あまのはら,ふりさけみれば,わたるひの,かげもかくらひ,てるつきの,ひかりもみえず,しらくもも,いゆきはばかり,ときじくぞ,ゆきはふりける,かたりつぎ,いひつぎゆかむ,ふじのたかねは
318
[原文]田兒之浦従 打出而見者 真白衣 不盡能高嶺尓 雪波零家留 [訓読]田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける [仮名],たごのうらゆ,うちいでてみれば,ましろにぞ,ふじのたかねに,ゆきはふりける
319
[原文]奈麻余美乃 甲斐乃國 打縁流 駿河能國与 己知其智乃 國之三中従 出<立>有 不盡能高嶺者 天雲毛 伊去波伐加利 飛鳥母 翔毛不上 燎火乎 雪以滅 落雪乎 火用消通都 言不得 名不知 霊母 座神香<聞> 石花海跡 名付而有毛 彼山之 堤有海曽 不盡河跡 人乃渡毛 其山之 水乃當焉 日本之 山跡國乃 鎮十方 座祇可間 寳十方 成有山可聞 駿河有 不盡能高峯者 雖見不飽香聞 [訓読]なまよみの 甲斐の国 うち寄する 駿河の国と こちごちの 国のみ中ゆ 出で立てる 富士の高嶺は 天雲も い行きはばかり 飛ぶ鳥も 飛びも上らず 燃ゆる火を 雪もち消ち 降る雪を 火もち消ちつつ 言ひも得ず 名付けも知らず くすしくも います神かも せの海と 名付けてあるも その山の つつめる海ぞ 富士川と 人の渡るも その山の 水のたぎちぞ 日の本の 大和の国の 鎮めとも います神かも 宝とも なれる山かも 駿河なる 富士の高嶺は 見れど飽かぬかも [仮名],なまよみの,かひのくに,うちよする,するがのくにと,こちごちの,くにのみなかゆ,いでたてる,ふじのたかねは,あまくもも,いゆきはばかり,とぶとりも,とびものぼらず,もゆるひを,ゆきもちけち,ふるゆきを,ひもちけちつつ,いひもえず,なづけもしらず,くすしくも,いますかみかも,せのうみと,なづけてあるも,そのやまの,つつめるうみぞ,ふじかはと,ひとのわたるも,そのやまの,みづのたぎちぞ,ひのもとの,やまとのくにの,しづめとも,いますかみかも,たからとも,なれるやまかも,するがなる,ふじのたかねは,みれどあかぬかも
320
[原文]不盡嶺尓 零置雪者 六月 十五日消者 其夜布里家利 [訓読]富士の嶺に降り置く雪は六月の十五日に消ぬればその夜降りけり [仮名],ふじのねに,ふりおくゆきは,みなづきの,もちにけぬれば,そのよふりけり
321
[原文]布士能嶺乎 高見恐見 天雲毛 伊去羽斤 田菜引物緒 [訓読]富士の嶺を高み畏み天雲もい行きはばかりたなびくものを [仮名],ふじのねを,たかみかしこみ,あまくもも,いゆきはばかり,たなびくものを
322
[原文]皇神祖之 神乃御言<乃> 敷座 國之盡 湯者霜 左波尓雖在 嶋山之 宣國跡 極此<疑> 伊豫能高嶺乃 射狭庭乃 崗尓立而 歌思 辞思為師 三湯之上乃 樹村乎見者 臣木毛 生継尓家里 鳴鳥之 音毛不更 遐代尓 神左備将徃 行幸處 [訓読]すめろきの 神の命の 敷きませる 国のことごと 湯はしも さはにあれども 島山の 宣しき国と こごしかも 伊予の高嶺の 射狭庭の 岡に立たして 歌思ひ 辞思はしし み湯の上の 木群を見れば 臣の木も 生ひ継ぎにけり 鳴く鳥の 声も変らず 遠き代に 神さびゆかむ 幸しところ [仮名],すめろきの,かみのみことの,しきませる,くにのことごと,ゆはしも,さはにあれども,しまやまの,よろしきくにと,こごしかも,いよのたかねの,いざにはの,をかにたたして,うたおもひ,ことおもはしし,みゆのうへの,こむらをみれば,おみのきも,おひつぎにけり,なくとりの,こゑもかはらず,とほきよに,かむさびゆかむ,いでましところ
323
[原文]百式紀乃 大宮人之 飽田津尓 船乗将為 年之不知久 [訓読]ももしきの大宮人の熟田津に船乗りしけむ年の知らなく [仮名],ももしきの,おほみやひとの,にきたつに,ふなのりしけむ,としのしらなく
324
[原文]三諸乃 神名備山尓 五百枝刺 繁生有 都賀乃樹乃 弥継<嗣>尓 玉葛 絶事無 在管裳 不止将通 明日香能 舊京師者 山高三 河登保志呂之 春日者 山四見容之 秋夜者 河四清之 <旦>雲二 多頭羽乱 夕霧丹 河津者驟 毎見 哭耳所泣 古思者 [訓読]みもろの 神なび山に 五百枝さし しじに生ひたる 栂の木の いや継ぎ継ぎに 玉葛 絶ゆることなく ありつつも やまず通はむ 明日香の 古き都は 山高み 川とほしろし 春の日は 山し見がほし 秋の夜は 川しさやけし 朝雲に 鶴は乱れ 夕霧に かはづは騒く 見るごとに 音のみし泣かゆ いにしへ思へば [仮名],みもろの,かむなびやまに,いほえさし,しじにおひたる,つがのきの,いやつぎつぎに,たまかづら,たゆることなく,ありつつも,やまずかよはむ,あすかの,ふるきみやこは,やまたかみ,かはとほしろし,はるのひは,やましみがほし,あきのよは,かはしさやけし,あさくもに,たづはみだれ,ゆふぎりに,かはづはさわく,みるごとに,ねのみしなかゆ,いにしへおもへば
325
[原文]明日香河 川余藤不去 立霧乃 念應過 孤悲尓不有國 [訓読]明日香河川淀さらず立つ霧の思ひ過ぐべき恋にあらなくに [仮名],あすかがは,かはよどさらず,たつきりの,おもひすぐべき,こひにあらなくに
326
[原文]見渡者 明石之浦尓 焼火乃 保尓曽出流 妹尓戀久 [訓読]見わたせば明石の浦に燭す火の穂にぞ出でぬる妹に恋ふらく [仮名],みわたせば,あかしのうらに,ともすひの,ほにぞいでぬる,いもにこふらく
327
[原文]海若之 奥尓持行而 雖放 宇礼牟曽此之 将死還生 [訓読]海神の沖に持ち行きて放つともうれむぞこれがよみがへりなむ [仮名],わたつみの,おきにもちゆきて,はなつとも,うれむぞこれが,よみがへりなむ
328
[原文]青丹吉 寧樂乃京師者 咲花乃 薫如 今盛有 [訓読]あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり [仮名],あをによし,ならのみやこは,さくはなの,にほふがごとく,いまさかりなり
329
[原文]安見知之 吾王乃 敷座在 國中者 京師所念 [訓読]やすみしし我が大君の敷きませる国の中には都し思ほゆ [仮名],やすみしし,わがおほきみの,しきませる,くにのうちには,みやこしおもほゆ
330
[原文]藤浪之 花者盛尓 成来 平城京乎 御念八君 [訓読]藤波の花は盛りになりにけり奈良の都を思ほすや君 [仮名],ふぢなみの,はなはさかりに,なりにけり,ならのみやこを,おもほすやきみ
331
[原文]吾盛 復将變八方 殆 寧樂京乎 不見歟将成 [訓読]我が盛りまたをちめやもほとほとに奈良の都を見ずかなりなむ [仮名],わがさかり,またをちめやも,ほとほとに,ならのみやこを,みずかなりなむ
332
[原文]吾命毛 常有奴可 昔見之 象<小>河乎 行見為 [訓読]我が命も常にあらぬか昔見し象の小川を行きて見むため [仮名],わがいのちも,つねにあらぬか,むかしみし,きさのをがはを,ゆきてみむため
333
[原文]淺茅原 曲曲二 物念者 故郷之 所念可聞 [訓読]浅茅原つばらつばらにもの思へば古りにし里し思ほゆるかも [仮名],あさぢはら,つばらつばらに,ものもへば,ふりにしさとし,おもほゆるかも
334
[原文]萱草 吾紐二付 香具山乃 故去之里乎 <忘>之為 [訓読]忘れ草我が紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため [仮名],わすれくさ,わがひもにつく,かぐやまの,ふりにしさとを,わすれむがため
335
[原文]吾行者 久者不有 夢乃和太 湍者不成而 淵有<乞> [訓読]我が行きは久にはあらじ夢のわだ瀬にはならずて淵にありこそ [仮名],わがゆきは,ひさにはあらじ,いめのわだ,せにはならずて,ふちにありこそ
336
[原文]白縫 筑紫乃綿者 身箸而 未者<伎>袮杼 暖所見 [訓読]しらぬひ筑紫の綿は身に付けていまだは着ねど暖けく見ゆ [仮名],しらぬひ,つくしのわたは,みにつけて,いまだはきねど,あたたけくみゆ
337
[原文]憶良等者 今者将罷 子将哭 其彼母毛 吾乎将待曽 [訓読]憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむぞ [仮名],おくららは,いまはまからむ,こなくらむ,それそのははも,わをまつらむぞ
338
[原文]験無 物乎不念者 一坏乃 濁酒乎 可飲有良師 [訓読]験なきものを思はずは一杯の濁れる酒を飲むべくあるらし [仮名],しるしなき,ものをおもはずは,ひとつきの,にごれるさけを,のむべくあるらし
339
[原文]酒名乎 聖跡負師 古昔 大聖之 言乃宜左 [訓読]酒の名を聖と負ほせしいにしへの大き聖の言の宣しさ [仮名],さけのなを,ひじりとおほせし,いにしへの,おほきひじりの,ことのよろしさ
340
[原文]古之 七賢 人等毛 欲為物者 酒西有良師 [訓読]いにしへの七の賢しき人たちも欲りせしものは酒にしあるらし [仮名],いにしへの,ななのさかしき,ひとたちも,ほりせしものは,さけにしあるらし
341
[原文]賢跡 物言従者 酒飲而 酔哭為師 益有良之 [訓読]賢しみと物言ふよりは酒飲みて酔ひ泣きするしまさりたるらし [仮名],さかしみと,ものいふよりは,さけのみて,ゑひなきするし,まさりたるらし
342
[原文]将言為便 将為便不知 極 貴物者 酒西有良之 [訓読]言はむすべ為むすべ知らず極まりて貴きものは酒にしあるらし [仮名],いはむすべ,せむすべしらず,きはまりて,たふときものは,さけにしあるらし
343
[原文]中々尓 人跡不有者 酒壷二 成而師鴨 酒二染甞 [訓読]なかなかに人とあらずは酒壷になりにてしかも酒に染みなむ [仮名],なかなかに,ひととあらずは,さかつぼに,なりにてしかも,さけにしみなむ
344
[原文]痛醜 賢良乎為跡 酒不飲 人乎熟見<者> 猿二鴨似 [訓読]あな醜賢しらをすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似む [仮名],あなみにく,さかしらをすと,さけのまぬ,ひとをよくみば,さるにかもにむ
345
[原文]價無 寳跡言十方 一坏乃 濁酒尓 豈益目八<方> [訓読]価なき宝といふとも一杯の濁れる酒にあにまさめやも [仮名],あたひなき,たからといふとも,ひとつきの,にごれるさけに,あにまさめやも
346
[原文]夜光 玉跡言十方 酒飲而 情乎遣尓 豈若目八方 [訓読]夜光る玉といふとも酒飲みて心を遣るにあにしかめやも [仮名],よるひかる,たまといふとも,さけのみて,こころをやるに,あにしかめやも
347
[原文]世間之 遊道尓 <怜>者 酔泣為尓 可有良師 [訓読]世間の遊びの道に楽しきは酔ひ泣きするにあるべくあるらし [仮名],よのなかの,あそびのみちに,たのしきは,ゑひなきするに,あるべくあるらし
348
[原文]今代尓之 樂有者 来生者 蟲尓鳥尓毛 吾羽成奈武 [訓読]この世にし楽しくあらば来む世には虫に鳥にも我れはなりなむ [仮名],このよにし,たのしくあらば,こむよには,むしにとりにも,われはなりなむ
349
[原文]生者 遂毛死 物尓有者 今生在間者 樂乎有名 [訓読]生ける者遂にも死ぬるものにあればこの世なる間は楽しくをあらな [仮名],いけるもの,つひにもしぬる,ものにあれば,このよなるまは,たのしくをあらな
350
[原文]黙然居而 賢良為者 飲酒而 酔泣為尓 尚不如来 [訓読]黙居りて賢しらするは酒飲みて酔ひ泣きするになほしかずけり [仮名],もだをりて,さかしらするは,さけのみて,ゑひなきするに,なほしかずけり
351
[原文]世間乎 何物尓将譬 <旦>開 榜去師船之 跡無如 [訓読]世間を何に譬へむ朝開き漕ぎ去にし船の跡なきごとし [仮名],よのなかを,なににたとへむ,あさびらき,こぎいにしふねの,あとなきごとし
352
[原文]葦邊波 鶴之哭鳴而 湖風 寒吹良武 津乎能埼羽毛 [訓読]葦辺には鶴がね鳴きて港風寒く吹くらむ津乎の崎はも [仮名],あしへには,たづがねなきて,みなとかぜ,さむくふくらむ,つをのさきはも
353
[原文]見吉野之 高城乃山尓 白雲者 行憚而 棚引所見 [訓読]み吉野の高城の山に白雲は行きはばかりてたなびけり見ゆ [仮名],みよしのの,たかきのやまに,しらくもは,ゆきはばかりて,たなびけりみゆ
354
[原文]縄乃浦尓 塩焼火氣 夕去者 行過不得而 山尓棚引 [訓読]縄の浦に塩焼く煙夕されば行き過ぎかねて山にたなびく [仮名],なはのうらに,しほやくけぶり,ゆふされば,ゆきすぎかねて,やまにたなびく
355
[原文]大汝 小彦名乃 将座 志都乃石室者 幾代将經 [訓読]大汝少彦名のいましけむ志都の石屋は幾代経にけむ [仮名],おほなむち,すくなひこなの,いましけむ,しつのいはやは,いくよへにけむ
356
[原文]今日可聞 明日香河乃 夕不離 川津鳴瀬之 清有良武 [或本歌發句云 明日香川今毛可毛等奈] [訓読]今日もかも明日香の川の夕さらずかはづ鳴く瀬のさやけくあるらむ [或本歌發句云 明日香川今もかもとな] [仮名],けふもかも,あすかのかはの,ゆふさらず,かはづなくせの,さやけくあるらむ,[あすかがは,いまもかもとな]
357
[原文]縄浦従 背向尓所見 奥嶋 榜廻舟者 釣為良下 [訓読]縄の浦ゆそがひに見ゆる沖つ島漕ぎ廻る舟は釣りしすらしも [仮名],なはのうらゆ,そがひにみゆる,おきつしま,こぎみるふねは,つりしすらしも
358
[原文]武庫浦乎 榜轉小舟 粟嶋矣 背尓見乍 乏小舟 [訓読]武庫の浦を漕ぎ廻る小舟粟島をそがひに見つつ羨しき小舟 [仮名],むこのうらを,こぎみるをぶね,あはしまを,そがひにみつつ,ともしきをぶね
359
[原文]阿倍乃嶋 宇乃住石尓 依浪 間無比来 日本師所念 [訓読]阿倍の島鵜の住む磯に寄する波間なくこのころ大和し思ほゆ [仮名],あへのしま,うのすむいそに,よするなみ,まなくこのころ,やまとしおもほゆ
360
[原文]塩干去者 玉藻苅蔵 家妹之 濱L乞者 何矣示 [訓読]潮干なば玉藻刈りつめ家の妹が浜づと乞はば何を示さむ [仮名],しほひなば,たまもかりつめ,いへのいもが,はまづとこはば,なにをしめさむ
361
[原文]秋風乃 寒朝開乎 佐農能岡 将超公尓 衣借益矣 [訓読]秋風の寒き朝明を佐農の岡越ゆらむ君に衣貸さましを [仮名],あきかぜの,さむきあさけを,さぬのをか,こゆらむきみに,きぬかさましを
362
[原文]美沙居 石轉尓生 名乗藻乃 名者告志<弖>余 親者知友 [訓読]みさご居る磯廻に生ふるなのりその名は告らしてよ親は知るとも [仮名],みさごゐる,いそみにおふる,なのりその,なはのらしてよ,おやはしるとも
363
[原文]美沙居 荒礒尓生 名乗藻乃 <吉>名者告世 父母者知友 [訓読]みさご居る荒磯に生ふるなのりそのよし名は告らせ親は知るとも [仮名],みさごゐる,ありそにおふる,なのりその,よしなはのらせ,おやはしるとも
364
[原文]大夫之 弓上振起 射都流矢乎 後将見人者 語継金 [訓読]ますらをの弓末振り起し射つる矢を後見む人は語り継ぐがね [仮名],ますらをの,ゆずゑふりおこし,いつるやを,のちみむひとは,かたりつぐがね
365
[原文]塩津山 打越去者 我乗有 馬曽爪突 家戀良霜 [訓読]塩津山打ち越え行けば我が乗れる馬ぞつまづく家恋ふらしも [仮名],しほつやま,うちこえゆけば,あがのれる,うまぞつまづく,いへこふらしも
366
[原文]越海之 角鹿乃濱従 大舟尓 真梶貫下 勇魚取 海路尓出而 阿倍寸管 我榜行者 大夫乃 手結我浦尓 海未通女 塩焼炎 草枕 客之有者 獨為而 見知師無美 綿津海乃 手二巻四而有 珠手次 懸而之努櫃 日本嶋根乎 [訓読]越の海の 角鹿の浜ゆ 大船に 真楫貫き下ろし 鯨魚取り 海道に出でて 喘きつつ 我が漕ぎ行けば ますらをの 手結が浦に 海女娘子 塩焼く煙 草枕 旅にしあれば ひとりして 見る験なみ 海神の 手に巻かしたる 玉たすき 懸けて偲ひつ 大和島根を [仮名],こしのうみの,つのがのはまゆ,おほぶねに,まかぢぬきおろし,いさなとり,うみぢにいでて,あへきつつ,わがこぎゆけば,ますらをの,たゆひがうらに,あまをとめ,しほやくけぶり,くさまくら,たびにしあれば,ひとりして,みるしるしなみ,わたつみの,てにまかしたる,たまたすき,かけてしのひつ,やまとしまねを
367
[原文]越海乃 手結之浦<矣> 客為而 見者乏見 日本思櫃 [訓読]越の海の手結が浦を旅にして見れば羨しみ大和偲ひつ [仮名],こしのうみの,たゆひがうらを,たびにして,みればともしみ,やまとしのひつ
368
[原文]大船二 真梶繁貫 大王之 御命恐 礒廻為鴨 [訓読]大船に真楫しじ貫き大君の命畏み磯廻するかも [仮名],おほぶねに,まかぢしじぬき,おほきみの,みことかしこみ,いそみするかも
369
[原文]物部乃 臣之壮士者 大王<之> 任乃随意 聞跡云物曽 [訓読]物部の臣の壮士は大君の任けのまにまに聞くといふものぞ [仮名],もののふの,おみのをとこは,おほきみの,まけのまにまに,きくといふものぞ
370
[原文]雨不零 殿雲流夜之 潤濕跡 戀乍居寸 君待香光 [訓読]雨降らずとの曇る夜のぬるぬると恋ひつつ居りき君待ちがてり [仮名],あめふらず,とのぐもるよの,ぬるぬると,こひつつをりき,きみまちがてり
371
[原文]飫海乃 河原之乳鳥 汝鳴者 吾佐保河乃 所念國 [訓読]意宇の海の河原の千鳥汝が鳴けば我が佐保川の思ほゆらくに [仮名],おうのうみの,かはらのちどり,ながなけば,わがさほかはの,おもほゆらくに
372
[原文]春日乎 春日山乃 高座之 御笠乃山尓 朝不離 雲居多奈引 容鳥能 間無數鳴 雲居奈須 心射左欲比 其鳥乃 片戀耳二 晝者毛 日之盡 夜者毛 夜之盡 立而居而 念曽吾為流 不相兒故荷 [訓読]春日を 春日の山の 高座の 御笠の山に 朝さらず 雲居たなびき 貌鳥の 間なくしば鳴く 雲居なす 心いさよひ その鳥の 片恋のみに 昼はも 日のことごと 夜はも 夜のことごと 立ちて居て 思ひぞ我がする 逢はぬ子故に [仮名],はるひを,かすがのやまの,たかくらの,みかさのやまに,あささらず,くもゐたなびき,かほどりの,まなくしばなく,くもゐなす,こころいさよひ,そのとりの,かたこひのみに,ひるはも,ひのことごと,よるはも,よのことごと,たちてゐて,おもひぞわがする,あはぬこゆゑに
373
[原文]高按之 三笠乃山尓 鳴<鳥>之 止者継流 <戀>哭為鴨 [訓読]高座の御笠の山に鳴く鳥の止めば継がるる恋もするかも [仮名],たかくらの,みかさのやまに,なくとりの,やめばつがるる,こひもするかも
374
[原文]雨零者 将盖跡念有 笠乃山 人尓莫令盖 霑者漬跡裳 [訓読]雨降らば着むと思へる笠の山人にな着せそ濡れは漬つとも [仮名],あめふらば,きむとおもへる,かさのやま,ひとになきせそ,ぬれはひつとも
375
[原文]吉野尓有 夏實之河乃 川余杼尓 鴨曽鳴成 山影尓之弖 [訓読]吉野なる菜摘の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山蔭にして [仮名],よしのなる,なつみのかはの,かはよどに,かもぞなくなる,やまかげにして
376
[原文]秋津羽之 袖振妹乎 珠匣 奥尓念乎 見賜吾君 [訓読]あきづ羽の袖振る妹を玉櫛笥奥に思ふを見たまへ我が君 [仮名],あきづはの,そでふるいもを,たまくしげ,おくにおもふを,みたまへあがきみ
377
[原文]青山之 嶺乃白雲 朝尓食尓 恒見杼毛 目頬四吾君 [訓読]青山の嶺の白雲朝に日に常に見れどもめづらし我が君 [仮名],あをやまの,みねのしらくも,あさにけに,つねにみれども,めづらしあがきみ
378
[原文]昔者之 舊堤者 年深 池之瀲尓 水草生家里 [訓読]いにしへの古き堤は年深み池の渚に水草生ひにけり [仮名],いにしへの,ふるきつつみは,としふかみ,いけのなぎさに,みくさおひにけり
379
[原文]久堅之 天原従 生来 神之命 奥山乃 賢木之枝尓 白香付 木綿取付而 齊戸乎 忌穿居 竹玉乎 繁尓貫垂 十六自物 膝折伏 手弱女之 押日取懸 如此谷裳 吾者<祈>奈牟 君尓不相可聞 [訓読]ひさかたの 天の原より 生れ来る 神の命 奥山の 賢木の枝に しらか付け 木綿取り付けて 斎瓮を 斎ひ掘り据ゑ 竹玉を 繁に貫き垂れ 獣じもの 膝折り伏して たわや女の 襲取り懸け かくだにも 我れは祈ひなむ 君に逢はじかも [仮名],ひさかたの,あまのはらより,あれきたる,かみのみこと,おくやまの,さかきのえだに,しらかつけ,ゆふとりつけて,いはひへを,いはひほりすゑ,たかたまを,しじにぬきたれ,ししじもの,ひざをりふして,たわやめの,おすひとりかけ,かくだにも,あれはこひなむ,きみにあはじかも
380
[原文]木綿疊 手取持而 如此谷母 吾波乞甞 君尓不相鴨 [訓読]木綿畳手に取り持ちてかくだにも我れは祈ひなむ君に逢はじかも [仮名],ゆふたたみ,てにとりもちて,かくだにも,あれはこひなむ,きみにあはじかも
381
[原文]思家登 情進莫 風候 好為而伊麻世 荒其路 [訓読]家思ふと心進むな風まもり好くしていませ荒しその道 [仮名],いへもふと,こころすすむな,かぜまもり,よくしていませ,あらしそのみち
382
[原文]鷄之鳴 東國尓 高山者 佐波尓雖有 <朋>神之 貴山乃 儕立乃 見<杲>石山跡 神代従 人之言嗣 國見為<築>羽乃山矣 冬木成 時敷<時>跡 不見而徃者 益而戀石見 雪消為 山道尚矣 名積叙吾来<煎> [訓読]鶏が鳴く 東の国に 高山は さはにあれども 二神の 貴き山の 並み立ちの 見が欲し山と 神世より 人の言ひ継ぎ 国見する 筑波の山を 冬こもり 時じき時と 見ずて行かば まして恋しみ 雪消する 山道すらを なづみぞ我が来る [仮名],とりがなく,あづまのくにに,たかやまは,さはにあれども,ふたかみの,たふときやまの,なみたちの,みがほしやまと,かむよより,ひとのいひつぎ,くにみする,つくはのやまを,ふゆこもり,ときじきときと,みずていかば,ましてこほしみ,ゆきげする,やまみちすらを,なづみぞわがける
383
[原文]築羽根矣 Z耳見乍 有金手 雪消乃道矣 名積来有鴨 [訓読]筑波嶺を外のみ見つつありかねて雪消の道をなづみ来るかも [仮名],つくはねを,よそのみみつつ,ありかねて,ゆきげのみちを,なづみけるかも
384
[原文]吾屋戸尓 韓藍<種>生之 雖干 不懲而亦毛 将蒔登曽念 [訓読]我がやどに韓藍蒔き生ほし枯れぬれど懲りずてまたも蒔かむとぞ思ふ [仮名],わがやどに,からあゐまきおほし,かれぬれど,こりずてまたも,まかむとぞおもふ
385
[原文]霰零 吉<志>美我高嶺乎 險跡 草取可奈和 妹手乎取 [訓読]霰降り吉志美が岳をさがしみと草取りかなわ妹が手を取る [仮名],あられふり,きしみがたけを,さがしみと,くさとりかなわ,いもがてをとる
386
[原文]此暮 柘之左枝乃 流来者 a者不打而 不取香聞将有 [訓読]この夕柘のさ枝の流れ来ば梁は打たずて取らずかもあらむ [仮名],このゆふへ,つみのさえだの,ながれこば,やなはうたずて,とらずかもあらむ
387
[原文]古尓 a打人乃 無有世伐 此間毛有益 柘之枝羽裳 [訓読]いにしへに梁打つ人のなかりせばここにもあらまし柘の枝はも [仮名],いにしへに,やなうつひとの,なかりせば,ここにもあらまし,つみのえだはも
388
[原文]海若者 霊寸物香 淡路嶋 中尓立置而 白浪乎 伊与尓廻之 座待月 開乃門従者 暮去者 塩乎令満 明去者 塩乎令于 塩左為能 浪乎恐美 淡路嶋 礒隠居而 何時鴨 此夜乃将明跡<侍>従尓 寐乃不勝宿者 瀧上乃 淺野之雉 開去歳 立動良之 率兒等 安倍而榜出牟 尓波母之頭氣師 [訓読]海神は くすしきものか 淡路島 中に立て置きて 白波を 伊予に廻らし 居待月 明石の門ゆは 夕されば 潮を満たしめ 明けされば 潮を干しむ 潮騒の 波を畏み 淡路島 礒隠り居て いつしかも この夜の明けむと さもらふに 寐の寝かてねば 滝の上の 浅野の雉 明けぬとし 立ち騒くらし いざ子ども あへて漕ぎ出む 庭も静けし [仮名],わたつみは,くすしきものか,あはぢしま,なかにたておきて,しらなみを,いよにめぐらし,ゐまちづき,あかしのとゆは,ゆふされば,しほをみたしめ,あけされば,しほをひしむ,しほさゐの,なみをかしこみ,あはぢしま,いそがくりゐて,いつしかも,このよのあけむと,さもらふに,いのねかてねば,たきのうへの,あさののきぎし,あけぬとし,たちさわくらし,いざこども,あへてこぎでむ,にはもしづけし
389
[原文]嶋傳 敏馬乃埼乎 許藝廻者 日本戀久 鶴左波尓鳴 [訓読]島伝ひ敏馬の崎を漕ぎ廻れば大和恋しく鶴さはに鳴く [仮名],しまつたひ,みぬめのさきを,こぎみれば,やまとこほしく,たづさはになく
譬喩歌390
[原文]軽池之 b廻徃轉留 鴨尚尓 玉藻乃於丹 獨宿名久二 [訓読]軽の池の浦廻行き廻る鴨すらに玉藻の上にひとり寝なくに [仮名],かるのいけの,うらみゆきみる,かもすらに,たまものうへに,ひとりねなくに
391
[原文]鳥総立 足柄山尓 船木伐 樹尓伐歸都 安多良船材乎 [訓読]鳥総立て足柄山に船木伐り木に伐り行きつあたら船木を [仮名],とぶさたて,あしがらやまに,ふなぎきり,きにきりゆきつ,あたらふなぎを
392
[原文]烏珠之 其夜乃梅乎 手忘而 不折来家里 思之物乎 [訓読]ぬばたまのその夜の梅をた忘れて折らず来にけり思ひしものを [仮名],ぬばたまの,そのよのうめを,たわすれて,をらずきにけり,おもひしものを
393
[原文]不所見十方 孰不戀有米 山之末尓 射狭夜歴月乎 外見而思香 [訓読]見えずとも誰れ恋ひざらめ山の端にいさよふ月を外に見てしか [仮名],みえずとも,たれこひざらめ,やまのはに,いさよふつきを,よそにみてしか
394
[原文]印結而 我定義之 住吉乃 濱乃小松者 後毛吾松 [訓読]標結ひて我が定めてし住吉の浜の小松は後も我が松 [仮名],しめゆひて,わがさだめてし,すみのえの,はまのこまつは,のちもわがまつ
395
[原文]<託>馬野尓 生流紫 衣染 未服而 色尓出来 [訓読]託馬野に生ふる紫草衣に染めいまだ着ずして色に出でにけり [仮名],たくまのに,おふるむらさき,きぬにしめ,いまだきずして,いろにいでにけり
396
[原文]陸奥之 真野乃草原 雖遠 面影為而 所見云物乎 [訓読]陸奥の真野の草原遠けども面影にして見ゆといふものを [仮名],みちのくの,まののかやはら,とほけども,おもかげにして,みゆといふものを
397
[原文]奥山之 磐本菅乎 根深目手 結之情 忘不得裳 [訓読]奥山の岩本菅を根深めて結びし心忘れかねつも [仮名],おくやまの,いはもとすげを,ねふかめて,むすびしこころ,わすれかねつも
398
[原文]妹家尓 開有梅之 何時毛々々々 将成時尓 事者将定 [訓読]妹が家に咲きたる梅のいつもいつもなりなむ時に事は定めむ [仮名],いもがいへに,さきたるうめの,いつもいつも,なりなむときに,ことはさだめむ
399
[原文]妹家尓 開有花之 梅花 實之成名者 左右将為 [訓読]妹が家に咲きたる花の梅の花実にしなりなばかもかくもせむ [仮名],いもがいへに,さきたるはなの,うめのはな,みにしなりなば,かもかくもせむ
400
[原文]梅花 開而落去登 人者雖云 吾標結之 枝将有八方 [訓読]梅の花咲きて散りぬと人は言へど我が標結ひし枝にあらめやも [仮名],うめのはな,さきてちりぬと,ひとはいへど,わがしめゆひし,えだにあらめやも
401
[原文]山守之 有家留不知尓 其山尓 標結立而 結之辱為都 [訓読]山守のありける知らにその山に標結ひ立てて結ひの恥しつ [仮名],やまもりの,ありけるしらに,そのやまに,しめゆひたてて,ゆひのはぢしつ
402
[原文]山主者 盖雖有 吾妹子之 将結標乎 人将解八方 [訓読]山守はけだしありとも我妹子が結ひけむ標を人解かめやも [仮名],やまもりは,けだしありとも,わぎもこが,ゆひけむしめを,ひととかめやも
403
[原文]朝尓食尓 欲見 其玉乎 如何為鴨 従手不離有牟 [訓読]朝に日に見まく欲りするその玉をいかにせばかも手ゆ離れずあらむ [仮名],あさにけに,みまくほりする,そのたまを,いかにせばかも,てゆかれずあらむ
404
[原文]千磐破 神之社四 無有世伐 春日之野邊 粟種益乎 [訓読]ちはやぶる神の社しなかりせば春日の野辺に粟蒔かましを [仮名],ちはやぶる,かみのやしろし,なかりせば,かすがののへに,あはまかましを
405
[原文]春日野尓 粟種有世伐 待鹿尓 継而行益乎 社師<怨>焉 [訓読]春日野に粟蒔けりせば鹿待ちに継ぎて行かましを社し恨めし [仮名],かすがのに,あはまけりせば,ししまちに,つぎてゆかましを,やしろしうらめし
406
[原文]吾祭 神者不有 大夫尓 認有神曽 好應祀 [訓読]我が祭る神にはあらず大夫に憑きたる神ぞよく祭るべし [仮名],わがまつる,かみにはあらず,ますらをに,つきたるかみぞ,よくまつるべし
407
[原文]春霞 春日里之 殖子水葱 苗有跡云師 柄者指尓家牟 [訓読]春霞春日の里の植ゑ子水葱苗なりと言ひし枝はさしにけむ [仮名],はるかすみ,かすがのさとの,うゑこなぎ,なへなりといひし,えはさしにけむ
408
[原文]石竹之 其花尓毛我 朝旦 手取持而 不戀日将無 [訓読]なでしこがその花にもが朝な朝な手に取り持ちて恋ひぬ日なけむ [仮名],なでしこが,そのはなにもが,あさなさな,てにとりもちて,こひぬひなけむ
409
[原文]一日尓波 千重浪敷尓 雖念 奈何其玉之 手二巻<難>寸 [訓読]一日には千重波しきに思へどもなぞその玉の手に巻きかたき [仮名],ひとひには,ちへなみしきに,おもへども,なぞそのたまの,てにまきかたき
410
[原文]橘乎 屋前尓殖生 立而居而 後雖悔 驗将有八方 [訓読]橘を宿に植ゑ生ほし立ちて居て後に悔ゆとも験あらめやも [仮名],たちばなを,やどにうゑおほし,たちてゐて,のちにくゆとも,しるしあらめやも
411
[原文]吾妹兒之 屋前之橘 甚近 殖而師故二 不成者不止 [訓読]我妹子がやどの橘いと近く植ゑてし故にならずはやまじ [仮名],わぎもこが,やどのたちばな,いとちかく,うゑてしゆゑに,ならずはやまじ
412
[原文]伊奈太吉尓 伎須賣流玉者 無二 此方彼方毛 君之随意 [訓読]いなだきにきすめる玉は二つなしかにもかくにも君がまにまに [仮名],いなだきに,きすめるたまは,ふたつなし,かにもかくにも,きみがまにまに
413
[原文]須麻乃海人之 塩焼衣乃 藤服 間遠之有者 未著穢 [訓読]須磨の海女の塩焼き衣の藤衣間遠にしあればいまだ着なれず [仮名],すまのあまの,しほやききぬの,ふぢころも,まどほにしあれば,いまだきなれず
414
[原文]足日木能 石根許其思美 菅根乎 引者難三等 標耳曽結焉 [訓読]あしひきの岩根こごしみ菅の根を引かばかたみと標のみぞ結ふ [仮名],あしひきの,いはねこごしみ,すがのねを,ひかばかたみと,しめのみぞゆふ
挽歌415
[原文]家有者 妹之手将纒 草枕 客尓臥有 此旅人A怜 [訓読]家にあらば妹が手まかむ草枕旅に臥やせるこの旅人あはれ [仮名],いへにあらば,いもがてまかむ,くさまくら,たびにこやせる,このたびとあはれ
416
[原文]百傳 磐余池尓 鳴鴨乎 今日耳見哉 雲隠去牟 [訓読]百伝ふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ [仮名],ももづたふ,いはれのいけに,なくかもを,けふのみみてや,くもがくりなむ
417
[原文]王之 親魄相哉 豊國乃 鏡山乎 宮登定流 [訓読]大君の和魂あへや豊国の鏡の山を宮と定むる [仮名],おほきみの,にきたまあへや,とよくにの,かがみのやまを,みやとさだむる
418
[原文]豊國乃 鏡山之 石戸立 隠尓計良思 雖待不来座 [訓読]豊国の鏡の山の岩戸立て隠りにけらし待てど来まさず |