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源俊頼朝臣
みやこに住みわびてあふみにたながみといふ所にまかりてよめる
芦火たくまやの栖處は世中をあくがれ出づる門出なり鳬
女どもの澤に若菜摘むを見てよめる
[1]ゑぐ摘澤むの薄氷いつまでふべき我身なるらむ
藤原公重朝臣
四位して殿上おりて侍りける比鶴鳴皐といふことをよめる
昔見し雲居をこひて芦たづの澤邊になくや我身なるらむ
右近中將教長 新院六條殿におはしましける時月あかくはべりける夜御舟にめして月前言志といふ事をよませ給ひけるに
[2]よみ侍りる
三日月の又有明になりぬるやうきよをめぐる例なるらむ
藤原實方朝臣
櫻の花のちるを見てよめる
散る花に又もやあはむ覺束な其春までと知らぬ身なれば
増基法師
世のなか騒がしくきこえける頃よめる
朝な/\鹿の柵む萩がえのすゑ葉の露のありがたのよや
源親元
秋の野をすぎまかりけるに尾花の風になびくを見てよめる
花薄招かばこゝに留りなむ何れの野邊もつひのすみかぞ
四條中宮
心ちれいならずおぼされける頃よみ給ひける
よそに見し尾花が末の白露はあるかなきかの我身なり鳬
花山院御製
世の中はかなくおぼえさせ給ひける頃よませたまひける
斯しつゝ今はとならむ時に社悔しき事のかひもなからめ
和泉式部
いりあひの鐘の聲をきゝてよめる
夕暮は物ぞ悲しき鐘の音をあすも聞べき身とし志らねば
藤原教良母
大納言忠教身まかりける後の春鶯のなくを聞きてよめる
鶯のなくに涙のおつるかなまたもや春にあはむと思へば
法橋清昭
はかなき事のみ多く聞えける頃よめる
皆人の昔語になりゆくをいつまでよそにきかむとすらむ
神祇伯顯仲
夏の夜はしに出でゐてすゞみ侍りけるに夕闇のいとくらくなりければよめる
此よだに月まつほどは苦しきに哀いかなる闇にまどはむ
良暹法師
病おもくなり侍りけるころ雪のふるを見てよめる
覺束なまだ見ぬ道を志での山雪踏分けて越えむとすらむ
赤染衛門
大江擧周の朝臣おもくわづらひて限に見えはべりければよめる
かはらむと祈る命は惜からでさても別れむことぞ悲しき
大僧正行尊
病重くなり侍りければ三井寺へまかりて京の坊にうゑおきて侍りける八重紅梅を、今は花咲きぬらむみばやといひ侍りければをりに遣はして見せければよめる
此世には又も見るまじ梅の花ちり%\ならむ事ぞ悲しき
其の後程なく身まかりにけるとぞ。
讀人志らず
人の椎をとらせて侍りければ
此身をば空しき物と知ぬれば罪えむ事もあらじとぞ思ふ
増基法師
題志らず
我思ふ事の繁きにくらぶれば志のだの森の千枝は數かは
大江以言
網代には沈む水屑もなかり鳬宇治の渡りに我やすまゝし
良暹法師
大原に住みはじめけるころ俊綱の朝臣のもとへいひ遣はしける
大原やまだすみがまもならはねば我宿のみぞ烟たえける
賢智法師
題志らず
泪川その水上を尋ぬればよのうきめよりいづるなりけり
太政大臣
この集撰ぶとて家集こひて侍りければよめる
思ひやれ心の水の淺ければかきながすべき言の葉もなし
大藏卿匡房
周防の内侍あまになりぬときゝていひ遣しける
かりそめの浮世の闇をかき分けて羨ましくも出づる月哉
沙彌蓮寂
法師になりてのち左京大夫顯輔が家にて歸雁をよめる
歸る雁西へゆきせば玉章に思ふことをばかきつけてまし
讀人志らず
題志らず
身をすつる人は誠にすつるかは捨てぬ人社すつる也けれ
太皇太后宮肥後
藤原實宗常陸介に侍りける時大藏省のつかひども嚴しくせめければ匡房にいひて侍りければ遠江にきりかへて侍りければいひ遣しける
筑波山ふかく嬉しと思ふかな濱名の橋にわたすこゝろを
大中臣能宣朝臣
下臈にこえられて堀川の關白の許に侍りける人のもとへおとゞにも見せよとおぼしくて遣はしける
年をへて星を戴く黒髮のひとよりしもになりにけるかな
津守國基
白河院位におはしましける時修理大夫顯季につけて申さする事侍りけるを宣旨のおそく下りければその冬ごろいひ遣はしける
雲の上は月こそさやにさえ渡れまた滯るものやなになる
修理大夫顯季
かへし
とゞこほる事はなけれど住吉のまつ心にや久しかるらむ
大納言成通
新院位におはしましける時うへのをのこどもをめして述懷の歌よませ給ひけるに白川院の御事忘るゝ時なくおぼえ侍りければ
白川の流れをたのむ心をばたれかは空にくみて知るべき
大藏卿匡房
堀河院の御時百首の歌奉りける中に
百年の花に宿りてすぐしてき此世は蝶の夢にぞ有りける
源義國妻
むすめのさうしかゝせける奥にかきつけゝる
木のもとにかき集めたる言の葉を柞の杜の形見とは見よ
關白前太政大臣
左京大夫顯輔近江守に侍りける時とほきこほりにまかりけるに便につけていひ遣はしける
思ひかねそなたの空を眺むればたゞ山の端にかゝる白雲
新院位におはしましゝ時海上遠望といふことをよませ給ひけるによめる
わたの原こぎ出でゝみれば久方の雲居にまがふ沖つ白波
藤原家經朝臣
後冷泉院の御時大甞會の主基方の御屏風に備中國たかくら山にあまたの人花摘みたるかた書きたる所によめる
打ちむれて高倉山につむ物はあらたなき世のとみ草の花
左京大夫顯輔
今上の大甞會の悠紀方の御屏風に、近江國いたくらの山田にいねをおほくかりつめり。これを人見たるかたかきたる所をよめる
板くらの山田につめる稻をみて治れる世の程をしるかな
曾禰好忠
圓融院の御時堀河院に二たび行幸せさせ給ひけるによめる
水上のさだめてければ君が代にふたゝびすめる堀川の水
宇治前太政大臣
有馬の湯に罷たりけるによめる
いさや又つゞきもしらぬ高嶺にて先くる人に都をぞ問ふ
道明法師
熊野へまうでけるみちにて月をみてよめる
都にて眺めし月をもろともに旅の空にも出でにけるかな
帥前内大臣
播磨に侍りける時月をみてよめる
都にてながめし月をみる時は旅の空ともおぼえざりけり
藤原家經朝臣
信濃守にてくだりけるに風越のみねにてよめる
かざごしの峯の上にて見る時は雲は麓の物にぞありける
藤原隆經朝臣
藤原頼任の朝臣美濃守にて下り侍りける供にまかりてその後年月をへてかの國の守になりてくだり侍りて垂井といふ泉を見てよめる
[3]かはらぬどうつれる影ぞ年をへにける
大江正言
帥前内大臣はりまへまかりけるともにて川じりをいづる日よみ侍りける
思ひ出もなきふる里の山なれど隱れ行くはた哀なりけり
前大納言公任
三條太政大臣身まかりて後月をみてよめる
いにしへをこふる泪にくらされて朧に見ゆる秋の夜の月
堀川右大臣
むすめにおくれて歎き侍りける人に月のあかゝりける夜いひつかはしける
其事と思はぬだにもある物を何ごゝちして月を觀るらむ
藤原相如
あはだの右大臣身まかりける頃よめる
夢ならで又も逢べき君ならば寐られぬいをも歎ざらまし
圓融院御製
堀川の中宮かくれ給ひてわざの事はてゝのあしたによませ給ひける
思ひかね眺めしかども鳥部山はては烟もみえずなりにき
少將義孝
一條攝政身まかりにけるころよめる
夕まぐれこ茂き庭を眺めつゝ木の葉とともにおつる泪か
待賢門院安藝
子のおもひに侍りけるころ人のとひて侍りければよめる
人志れず物思ふ折もありしかど子の事計り悲しきはなし
清原元輔
兼盛子におくれて歎くときゝていひ遣はしける
生ひ立たで枯れぬと聞きしこの本の爭で歎の森となる覽
天暦のみかどかくれおはしまして七月七日御忌果てゝちり%\にまかり出でけるに女房の中におくり侍りける
今日よりは天の河霧たち別れいかなる空にあはむとす覽
讀人志らず
かへし
七夕は後のけふをも頼むらむ心ぼそきはわが身なりけり
神祇伯顯仲
むすめにおくれて服着侍るとてよめる
あさましや君にきすべき墨染の衣の袖をわれぬらすかな
赤染衛門
大江匡衡身まかりて又の年の春花を見てよめる
こぞの春ちりにし花も咲きに鳬哀れ別のかゝらましかば
藤原有信朝臣
後冷泉院の御時藏人にて侍りけるに御門かくれおはしましにければよめる
泪のみ袂にかゝる世中に身さへくちぬることぞかなしき
讀人志らず
男におくれてよめる
折々のつらさを何に歎きけむ頓てなきよもあればあり鳬
人の四十九日の誦經文にかきつけゝる
人をとふ鐘の聲こそ哀なれいつか我身にならむとすらむ
四條中宮
にひまゐりして侍りける女のまへゆるされて後程なく身まかりにければ
悔しくも見初めける哉なべて世の哀と計きかましものを
讀人志らず
稻荷のとりゐにかきつけて侍りける
かくてのみよに有明の月ならば雲隱してよあまくだる神
おやの所分をゆゑなく人におしとられけるを此の事ことわり給へといなりにこもりて祈り申しける法師の夢に社の中よりいひ出し給ひける歌
長きよのくるしき事を思へかし何歎くらむかりの宿りを
選子内親王
加茂のいつきときこえける時に西にむかひてよめる
思へ共忌む迚いはぬ事なれば其方に向て音をのみぞなく
神祇伯顯仲
信解品周流諸國五十餘年といふ心をよめる
あくがるゝ身の儚さは百年の半過ぎてぞおもひ志らるゝ
讀人志らず
即身成佛といふ事をよめる
露の身のきえて佛になることは勤めて後ぞ知るべかりける
關白前太政大臣
舍利講のついでに願成佛道の心を人々によませ侍りけるによめる
よそになど佛の道を尋ぬらむわが心こそ志るべなりけれ
左京大夫顯輔
いかでわが心の月をあらはして闇に惑へる人をてらさむ
登蓮法師
常在靈鷲山の心をよめる
世の中の人のこゝろの浮雲に空がくれするありあけの月
[1] Shinpen kokka taikan (Tokyo: Kadokawa Shoten, 1983, vol. 1; hereafter cited as SKT) reads ゑぐつむさはの.
[2] SKT reads よみ侍りける.
[3] SKT reads かはらねど.
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